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■2011年03月02日(水)22:00  〜錆びない心〜
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春も間近。今年も各校吹奏楽部にとっては年間最大の行事「定期演奏会」の季節となった。

わがNUMATAも来る4月29日の“昭和の日”に「定期演奏会2011」を計画している。通算では今回で第24回となる。昨年は私の退職ということもあって、4月4日に開催したが、準備上の諸条件を考えるとやはりGW直前のこの時期のほうが幾分充実したものになると考えている。

そもそも全国の吹奏楽団の「定期演奏会」という呼称は正しいのか(笑)。あくまで私見だが、元来オーケストラや合唱団などが年間数回のシリーズで開催するコンサートが「定期演奏会」だと認識している。たとえば東京都交響楽団(都響)ではAシリーズとBシリーズに分かれて年間20回近くの定期演奏会があり、今年はいよいよ「第700回定期演奏会」を迎える。

アマチュアバンドでいつのまにか“年に一度の定演”が定着した背景には、それぞれの抱える諸事情が色濃く反映されている。アマチュアバンドが演奏会を開くだけでもかなりの負担になるわけで、コンクールや慰問などの多くの行事を消化しながら年間数回はおろか、年に一度の演奏会でも開催できるところは、それだけでも充実した活動をしているということなのではないだろうか。

この「定期演奏会」という呼称には幾ばくかの疑問を抱きつつも、これまで演奏者として、また指揮者として幾度となく“年に一度の定演”の舞台を踏んだ。しかし“定期的”だとことさらに強調する必要もなく、「イヤーコンサート」または「発表演奏会」、いっそ「○○○ライブ」でもいいと考えていた。

私がNUMATAに再度復帰した1999年までの沼吹の定期演奏会も「第○回定期演奏会」という業界定番の名称だった。着任から1年間が経過し、顧問として初采配を振る最初の定期演奏会から思い切って「定期演奏会2000」という現在の呼称に改めた。これには前述の理由以外にも、この回が“13回”だったということもあった。せっかく沼田高校で再出発をするのに“忌み数”13はないだろうと縁起を担いだのだ。さらに時は世紀末で“ミレニアム=2000”に因んだ呼称は“二千円札”や“Windows Me”などのように巷に溢れていた。

結局“定期演奏会”という呼称は残ったわけだが、生徒が苦心して一生懸命作り上げた「今年の演奏会」というコンセプトは主張した。反面高校生としての限界もあり、音楽的には稚拙な演奏で純粋な音楽鑑賞としての満足度は低い。そこで高校生にしか表現できないステージパフォーマンスを充実させるという前顧問時代からのコンセプトもより積極的な形で踏襲した。我々大人やプロはもちろん、小中学生とも微妙に違う、まさに大人への階段を上り詰める寸前の“青年”としての魅力を見せたいと思った。

ご存じのように、NUMATAでは毎回の定期演奏会に何らかの“テーマ”を設けている。年によってテーマの反映の仕方は違うが、テーマがあることで内容が散漫になることを防ぐという狙いもある。多少こじつけ気味ではあっても選曲の方向付けも出来る。

これまでのテーマは“ミレニアム(2000)” “2001年宇宙の旅(2001)” “沼高時代(2002)” “LONG DISTANCE(2003)” “GREAT JOURNEY(2004)” “歴史・栄光・物語(2005)” “冒険(2006)” “20th Anniversary(2007)” “COLOR(2008)” “FUTURE(2009)” “不死鳥伝説=Bird(2010)” そして今年のテーマは“Moment”。

「Moment」の一般的な意味は“瞬間”だろう。熟語として有名なのは“Just A Moment!(ちょい待ち!w)”などだが、“慣性モーメント”など力学的なものを表す意味もある。日本の発音では“モメント”と切る場合も“モーメント”と伸ばす場合もある。

「Moment」だけでは若年層にはちょい意味不明なので(笑)、サブタイトルをつけることを生徒に持ちかけたら“〜それぞれの瞬間(とき)〜”となかなかいいものが出てきた。言葉通りの瞬間的なことだけでなく、時代や季節、生活や感情など心に刻まれる一コマを表した曲を集めてみたらと考えている。

ポスターも毎回デザイン担当の生徒が“原案”を考えるのだが、テーマやメインの曲がなかなか決まらず今回もかなり難航した。鉛筆書きの生徒原案をみるとポスター上部に“ウサギ”と下部に“時計”が描かれている。

ウサギは今年の干支でもあるが、昨年の映画「アリス・イン・ワンダーランド(不思議の国のアリス)」のキャラクターでもある。原作ではタキシード?を着た“白ウサギ”が懐中時計を持って登場し、時間がないとアリスをせかすというストーリーだったと記憶している。

またいつものパターンだが、キャラクターは妻の作品を著作権フリーで頂戴する(笑)。一応アリスのウサギっぽいものを描いてもらって、さらに数多くの彼女のCG作品の中から数年前に描いたメカっぽいウサギがあったのでこれも学校にもって行って生徒に感想を聞く。純真な?生徒たちは超リアルでシリアスな妻の作品に恐れをなし(笑)、最初は“怖い!”といっていたが時間が経つにつれ、妻のタッチに見慣れてきたのか前述の“メカウサギ”のほうに決めた。

あとの作業は私の腕の見せ所なわけだが、メカウサギに古風な懐中時計は似合わない。ネットの中からいろいろ探して超未来派の懐中時計(Adam Huffmanの“Colbalt”というプロトタイプ・デザイン)を見つけこれを加工して使うことに。メイン曲はスパークの新曲「ウイークエンド・イン・ニューヨーク」、ステージマーチングでは「ウエストサイド物語」をやるのでここはやはり“NEW YORK”がほしい。“ウサギと時計とニューヨーク”をどう料理するか。

それぞれのアイテムのメカニカルでシャープなディテールを生かしながらも、ファンタジジーとノスタルジアを感じさせる4番目のアイテムはアリスの時計を吊す“鎖”。この鎖がポスター全体のデザイン的な統一と画面上のバランスをとることになる。ありきたりのチェーンではどうにもサマにならない。ここはやはりアメリカを代表するファッションアイテム“CHROME HEARTS”。

クロムハーツは全米のライダーたちの愛するメンズファッションブランドだ。1988年リチャード・スターク、ジョン・バウマン、レナード・カムホートの3人が設立(後にカムホートは独立し、現在クロムハーツと並ぶシルバーアクセサリー界の双璧ロンワンズ・カムホートを設立した)。

“CHROME HEARTS”の意味は“錆びない心”。多くのプロダクツのなかでも「ペーパーチェーン」はおそらく世界でもっとも高価な銀の鎖。円高の現在でも50cmのネックレスがネット通販で約¥80,000。庶民にはなかなか手が届かないシロモノ。私はメンズアクセサリーのマニアではないが、クロムハーツにだけは不思議な魅力を感じる(が一つも持っていないw)。

ハリウッドの映画スターたちがこぞってクロムハーツを身につけたことから一躍世界中で有名になったが、日本のタレントにもクロムファンは多い。一見不気味で宗教的な装飾だが、Silver925の輝きといぶしの美しさがたまらない。

そもそも銀(Ag)は元素中最高の光反射率を誇る。つまりもっとも輝きが強いということだ。西洋では銀食器をはじめ鏡などにも用いられてきた。Silver925はスターリングシルバー(真実の銀)とも呼ばれ、銀92.5% と銅などから作られた合金で銀の欠点である強度を高めている。合金とは言っても貨幣にも使われ純銀と同等かそれ以上の価値がある。

今回ポスターに採用したペーパーチェーンは幼稚園や小学校で紙テープのリングをつないで学級イベントや学芸会などで天井を飾るあのペーパーチェーンを銀細工で表現したもの。一つ一つのリングにCHのロゴが刻印され、作品としてもその精巧さと美しさには定評がある。

メカウサギがペーパーチェーンで時計ををぶら下げているように見せるのに若干苦労したが、上下方向の遠近法を使ってなんとかねじ込んだ。ついでに原作のメカウサギについていた“魚の尾ひれ”を消し、そこにアンティーク時計の巻きネジを取り付け、クロムハーツの“スクロールロゴ”を刻印。これはもう分かる奴にしか分からない(笑)。


みなさん今回のポスターの出来はどうでしょうか。

アメリカンテイストをふんだんに盛り込んで今までよりちょっと大人な感じを狙ってみました。

さらに今回は昨年日程の都合で実現できなかった安佐地区中学生の合同バンド「北ジュニア」が復活します。今回で4回目になりますが、すでに約90名の参加申し込みがあり、今回も元気なバンドキッズたちに会えるのがとても楽しみです。


4月29日の定期演奏会にはみなさんぜひお越しください。








ご愛読ありがとうございます。ご遠慮なくコメントをお書きください。
  • 北ジュニア(2011/04/24 19:32)
    演奏会、楽しみです。頑張ります。」
  • aasehk(2011/11/06 10:18)
    USA
  • ilgnngquc(2012/05/05 09:23)
    USA
  • ipvolmoqqz(2012/07/27 23:32)
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  • rwcnvylj(2012/11/24 05:35)
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  • vhzyuocmvp(2013/04/13 10:45)
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  • Rygzotiz(2014/01/29 21:36)
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  • wgmzuoczpbk(2014/02/05 03:41)
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  • hhkujkuk(2015/01/21 17:15)
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  • xixwbpsark(2015/05/09 15:13)
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  • gtxpseks(2016/04/01 23:44)
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  • fjgmajehnn(2016/04/04 20:20)
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■2011年03月30日(水)22:18  ツァラトゥストラはかく語りき (Also sprach Zarathustra)
今回の「定期演奏会2011」も第3部に恒例の“OBステージ”を設けている。

テーマの「MOMENT」に因んだ曲を探したが、なかなかすっきりと収まる曲がない。なかでも出だしの一曲目の選曲にはことさら悩んだ。生徒たちと色々と音源を探し、結局「ミレニアム2000“ツァラトゥストラはかく語りき”」というクラシック音楽のポップスアレンジ曲をチョイスした。

「瞬間」を感じさせる音楽にも色々あるが、私はリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」がまずは連想される。その昔、スタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」でこの曲が冒頭に流れ、その映画の内容との鮮烈なマッチングにすごく感動したからだ。当時にわかオーディオマニアとしてデビューしたての私は迷わずショルティ/シカゴ響の「ツァラトゥストラはかく語りき」を買った。そのときは作品よりも冒頭の主題の“周波数特性”に惹かれて手を出したのだが(笑)。当時としては高音質で名高いデッカ(LODON)のダイレクト・カッティング盤で大音響で鳴らすとハンパなスピーカーはボイスコイルが焼き付くほどの重低音でオルガンのパイプやティンパニーの皮の震えが肌に伝わってきたものだ。冒頭以後はR.シュトラウス独特の観念的で難解な曲構成でよほどの覚悟で聴かないと寝てしまう(笑)。

まぁ、曲との出会いなんてこんなものだ。

そもそもこの曲はフリードリヒ・ニーチェの書いた「ツァラトゥストラはかく語りき」という哲学書をもとに描かれている。1883年2月、ニーチェ39才の時の作品で、哲学者としては挫折の中にいた彼がたどり着いた彼なりの皮肉な真理とも言える内容となっている。ニーチェは哲学者としては稀代の音楽マニアとして知られ、作曲家との親交も厚かった。中でもワーグナーの作品分析では自筆の文献も多く、“ワグネリアン”の始祖的存在としても有名である。
※ヴィルヘルム・リヒャルト・ワーグナー(Wilhelm Richard Wagner,1813年5月22日 ライプツィヒ - 1883年2月13日 ヴェネツィア)
ニーチェは有名な音楽マニアで、ワーグナーと深い親交があり、楽劇「トリスタンとイゾルデ」はニーチェに捧げられた作品である。片やニーチェはワーグナーに著書「人間的な、あまりに人間的な」を捧げているが後年彼らはお互いの芸術観の違いなどから決別することとなった。


この本の中で彼はキリスト教の自己犠牲と禁欲を強いる信仰や価値観は支配者に対する“ルサンチマン”と主張。さらには「神は死んだ」とも説いている。
※ ルサンチマン(仏: ressentiment)
 主に強者に対しての、弱い者の憤りや怨恨、憎悪、非難の感情をいう。デンマークの思想家セーレン・キェルケゴールにより確立された哲学上の概念である。この感情は自己欺瞞を含み、嫉妬や羨望に起源がある。フリードリヒ・ニーチェの『道徳の系譜』(1887年)でこの言葉が利用され、マックス・シェーラーの『道徳構造におけるルサンチマン』で再度とり上げられて、一般的に使われるようになった。


ニーチェの主張するキーワードは「永遠回帰」。世界は何から何まで同じ順序と脈絡で何度でも繰り返されるという考え方だ。キリスト教が世界はある目的に向かっていると教えるのに対して、世界はただ無目的に反復しているだけで人生の苦痛と苦悩には意味なんか無いということだ。

人間が本来持っている生へのエネルギー(ニーチェはこれを「力への意志」と言った)を解放し、本来の利己性と自然性に基づいて、自らをよりいっそう強く、高貴なものとするような人生観を主張した。キリスト教と“ツァラトゥストラ”の違いは救済される対象と思考の違いであり、仏教社会での“大衆部(大乗)仏教”と“上座部(小乗)仏教”の教義の違いに似ていなくもない。

それを体現する超人の創出。突出した才能が、それに続く多くの人間の能力を引き上げる。このような超人の創出が、人類の生の価値そのものを高めていくというのがニーチェの主張だ。

発表当時としては社会常識を真っ向から否定したかなり破天荒な主張であったようだが、徐々に世論の支持を得て後世“ファシズム”の台頭などの思想的背景ともされた。現在では実存哲学の先駆者ニーチェを語る上で必須の定理ともなっている。

裕福な牧師の家に生まれ、幼少時から天才ともてはやされ、何不自由のない青年時代を過ごした彼が到達したいかにも皮肉な結論だが、命がけで愛した女性と彼の友人との三角関係に破れ、かなり傷ついていた精神状態で書かれたものという説もあり、哲学的には完結していないとされる作品だが、ある意味で現代社会を痛烈に批判する“バイブル”でもある。

そもそも“ツァラトゥストラ”とは誰のことか。発音的には“ゾロアスター”といった方が伝わるのかもしれない。あの光の象徴としての純粋な「火」を尊んだため、拝火教(はいかきょう)とも呼ばれる紀元前の古代宗教の開祖のことである。当然ニーチェは独自の解釈でこの書物を書いたのであって開祖ザラスシュトラ(ツァラトゥストラ、ゾロアスター)の真実を語っているとは必ずしも言えないのだが。






疲れた。こんなことを考えながら書くほどの日記ではない(笑)



発想の転換こそがもっとも大きな「モメント」であると言いたかっただけだ。





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