過去ログ一覧   日記ホーム   沼田高校吹奏楽部   沼田高校吹奏楽部 BBS


■2010年10月05日(火)21:38  純白のジャージ(6年連続県代表受賞の陰に…)
grp1006133239.jpg 1200×621 172K
波乱のマーチング県大会が終わり、山口市への中国大会遠征を数日後に控えた今、考査週間の間隙を縫って、黙々とスキルアップに励むメンバーたち。今回はある意味でNUMATAの今後を左右する大会になるような予感がしている。

とまあ、毎年部員たちには似たようなことを言ってはきた(笑)。しかし定年退職後、顧問として初めての中国大会でもある。この大会が高校生活のハイライトとなる部員たちはもちろんだが、私自身もこれまでとは多少違ったアプローチでの挑戦である。

今ではNUMATAにすっかり定着した「自主・自立・自発」の精神から生み出される個性的な歩き。学習との両立や大所帯クラブゆえの様々な悩みなど、多くの問題に直面しながらも、「UP!」を合い言葉にそれを跳ね返してバンドに情熱を注ぐ部員たち。出場メンバーもさることながら、サポートに回った控えメンバーたちもまたNUMATAの一員として、側面からメンバーを支えて生き生きと活動している。

泣いても笑っても、やがて大会の結果は出るのだが、どのような結果になっても笑って受け入れられるだけの練習をすることが今のNUMATAのすべてである。


さていよいよ本題に移るが、沼田高校吹奏楽部にはマーチングコンテストの本番にだけ使用される「純白のジャージ」がある。大会をご覧になられた方はもうご存じだと思うが、本番でドラムメイジャーが着ている色違いのジャージのことである。

と、その前にNUMATAのジャージについてご紹介しよう。このジャージになってかれこれ6年になるが、パレード部門の服装規定の緩和などもあり、それまで使用していた白いトレーナーと紺のトレーニングパンツから新しいマーチングユニフォームを作ることになった(サイセンは“ユニフォームオタクか”という人もいるが、別にコスプレ好きな訳じゃない(笑)。衣装にこだわりがあるとすれば母が洋裁師だったことに起因しているのかもしれない)。

現在と違い当時はまだ「運動に適した服装」という規定?があったため、いわゆるジャージの上下をつくることになった。前任校ではフェスティバル部門に出場していたため、国体の時にデザインした本格的なマーチングウエアを着せていた(チルチルミチルの「青い鳥」をイメージしたもので、黒と青のツートンカラーのジャケットに青のマント、金の側線の入った黒いズボン、黒いテンガロンハットに青いダチョウの羽根というM高おなじみのものである)こともあって、出来れば本格的な物をと思っていたのだがパレード部門で規定違反ではそうもいかない。(一着4〜5万円の制作予算ももちろんないのだが)。

メーカーの人に来てもらい、各社のジャージの中からマーチングに適したものでロットが確保できるもの(何年も同じ物が供給できるということ)を探してもらった。しかし良い物はかなり高い。それまでスポーツ選手のユニフォームがこんなに高価な物とは知らなかった。種目にもよるがシューズも入れれば数万円はかかるのが常識らしい。これに校名やチームのロゴが印刷されるわけだがこのプリント代もバカにならない。

色々迷ったあげく部員たちの投票で現在のジャージになったのだが、生徒の目は肥えていて、たくさんの見本の中から最も高価な物を選んだ。それもスポーツ用品の有名ブランド「Reebok(リーボック)」だ。Reebokには日本に「Reebok Japan」というライセンス商品の販売網がある。

背中のロゴのNUMATAの文字は私がいつものように愛機のMacで作ったものである。紺色の上下に銀の文字、ジャケットはやや裾の広がったもので、スポーツウエアとしてはおとなしい印象である。この広がった裾には綿のコードが通っていて必要に応じて絞ることが出来るがNUMATAではこのコードがぶら下がるので、すべて取り去っている。

部員たちはこのジャージを背中のロゴにちなんで「NUMAジャー」と呼ぶ。ほとんどの部員がこのジャージをとても気に入っているらしく、成人してからも多くのOBが自宅でパジャマや部屋着として着用している。このジャージと全く同じロゴの入ったReebokの白のウィンドブレーカーとトレーナー、Tシャツが一式となる。消耗も激しいので個人持ちであるが、このご時世に約2万円の出費となる。保護者の方のご協力には全く頭が上がらない。

実はこのジャージには「プレミア・ジャージ」がある。それも世界に一着だけの逸品だ。ジャージを制定したとき。顧問用にもということで私もジャージ他一式を注文した。ただ生徒と同じではいざというときに私を見つけられないので、別の色を注文したのだ。生徒が紺地なので私は白にしようということで背中に黒のロゴを入れた。

いわゆるリバース(反転)だ。当然ウインドブレーカーもリバースで「黒」にした。新しいジャージで張り切って出場した2004年の県大会は見事に銀賞に終わり(笑)、翌2005年のマーチングコンテストの本番で、この私の純白のジャージをドラム・メイジャーに着せることにした。そのときのDMが部長だったこともあり、リーダー的な意味あいも込めた。その時には単なる思いつきでしかなかったのだが。

フェスティバル部門ではドラムメイジャーがバンドとは別の衣装で歩くことが大半なので、パレード部門が全員同じ服装で歩くということに何となく違和感もあったのだ。色以外は全く同じジャージなので華美にもならず規定上の問題もない。

いよいよ本番当日。紺色の集団の中で先頭を歩く真っ白いジャージ。これが実にカッコいい。選曲の面白さも手伝って、何とか県代表に返り咲き、勝ち進んだ中国大会で千載一遇の番狂わせが起こった。なんとその年の中国大会で思いがけず全国大会出場が決まり、あこがれの大阪城ホールへの遠征。部長とDMの大役を彼女はこの白いジャージと私の黒いウィンドブレーカーを着て乗り切った。

彼女が私のジャージを着ることを嫌がらなかった(笑)ことが現在の伝統を生んだと思う。メンバーと一緒にアリーナを歩けない私の励ましをこのジャージから感じて取ってくれたに違いない。

貴重な全国大会を経験し、コンテストの成績もその頃から上向きになった。NUMATAのDMがこのジャージを着るようになってからなぜか6年連続で県代表が続いている。NUMATAにとってはすこぶる縁起の良いジャージなのである。そして現在まで私のジャージは歴代のDMの必須アイテムとして定着しているというわけだ。

4日後の中国大会でも今年のDMがネームに「H.SAITO」と刺繍されたこのプレミアジャージに袖を通してNUMATAをアピールする。過去4代の先輩DMたちの涙と汗が染みこんだ世界に一枚のジャージだ。


NUMATAにとっての大切な“宝”の一つに違いない。



ご愛読ありがとうございます。ご遠慮なくコメントをお書きください。
  • ywtrivlfb(2012/03/03 23:27)
    USA
  • qdhysjy(2012/05/01 18:13)
    USA
  • ysdsrkejq(2013/04/13 11:25)
    USA
  • twhimppgzwv(2014/11/24 22:50)
    USA
  • oocrfcxvck(2015/01/21 07:03)
    USA
Name   Message   

■2010年10月11日(月)18:08  ありがとうみんな。大好きだよ! あこがれの“城ホ”へNUMATAカムバック!
bird.jpg 1000×510 64K
薄氷の県大会突破から2週間。NUMATAは全力を振り絞って頑張りました。


とはいえ、たった2週間でどれほどのことが出来るかといえば、おそらく毎日見ている本人たちでもなかなか分からない程度の改善でしかありません。県大会での審査員の先生方からのアドバイスをコツコツと手直しする毎日。


主にマーチのリズム修正と整音作業に大半の時間が費やされます。アクロバティックを通り越し、もはやリスキーな臭い(笑)のするほどの高速コンテは相変わらずキメが効かず、緊張感ばかりが増幅されていく始末。


そんな中で大きな変化があったことと言えば、メンバーの意識がまとまってきたことでした。もともとNUMATAは「仲良く、楽しく」のクラブ活動を目指していますが、ややもすると仲良しグループ化して、どうしても我が儘が出やすい環境の中で、ひとりひとりが「NUMATA大好き!」の気持ちを再認識できたことは大きな収穫でした。


まだまだ自分のことで精一杯な生徒が多い中、仲間のため、母校のため、さらには応援してくださる方々のために頑張るという気持ちを持てるということは、クラブ活動を指導する者としてはこの上なくうれしいことです。技術的にはお世辞にも上手いとはいえませんが、この半年の間に確実に成長した彼らを見るとき、クールな私も思わず感慨無量な気持ちになる2週間でした。


大会前日の午後、私たちは期待と不安を胸に貸し切りバス2台を連ねて山口に向かいました。天候はあいにくの下り坂。はらはらと小雨の舞う中で山口市に入り、旅館にチェックイン後会場の場当たりへ、しかし肝心のバスが何かの手違いで会場の降車場に停車できず、大回りして反対側の入り口から公園内の駐車場へ。その頃山口市街は一天にわかにかき曇り、まさかの土砂降り。なんとバスから降りたのは場当たり予定時間の10分前のことです(笑)。


全員雨の維新公園をダッシュで会場へ。なんとか時間前にたどり着いたものの冷静な場当たりは当然出来ず、あっという間に割り当ての6分間が過ぎてしまいました。私も客席からインカム(トランシーバ)であれこれ指示を出しますが、何をどうすることもできず終了。とんぼ返りで旅館に帰り早めの夕食。


しかし生徒たちの様子をうかがうと意外に冷静な感じです。なにより行儀の良さに驚かされます。全体での移動時はすぐに行列になり、他の団体には挨拶もしっかりするし、無駄話も少なく、まるでどこかの有力バンドのような雰囲気でした。急に社会性や人間性が向上するわけもなく(笑)、ある意味緊張感の現れであることはまちがいありませんが、それも出来なかった過去のことを考えれば、これも進歩であると認めざるを得ません。


何かがいつもと違う感じのNUMATAのメンバーと夕食後に向かったのは、合奏練習場に借用した「山口ニューメディアプラザ」という多目的ホール。ここでの合奏練習や簡単なコンテの練習が出来たことは翌日の本番へのスキルアップの面で収穫の一つでした。係の人も親切で色々と配慮してくださり大変助かりました。


一夜明けて、いよいよ本番当日。快晴です。
午前中は県立山口農業高校の体育館です。練習場が皆無の状態の中、山口大出身の本校校長のご紹介でやっとお願いできた会場です。現在試験週間中の3連休で学校は閉鎖状態だったにもかかわらず、私たちのためにわざわざ体育科の先生が学校を開けてくださり、30m×25mのやや狭い体育館でしたが、音響が良く午前中いっぱい練習をすることが出来ました。ご尽力くださった皆様に大感謝です。


体育館での練習も終わりに近づいた頃、ふと外を見ると中学生の一団が。女性の顧問の先生らしき方が「岡山の○○中学校ですが見学させてもらえますか」と言ってこられました。「どうぞかまいませんよ」といいながら、よくよくみると、この中学生たちとは旅館も同宿。おまけに練習会場も一緒だったことにやっとそのとき気付いた次第です。


朝からこの高校のグランドでどこかの中学生が練習されていたのは気づいていました。この中学校も会場探しに相当苦労されたと見えます。「見学もいいですが、よかったら体育館で少し練習されますか」と私。すぐさま「じゃあ、よろしかったらグランドのポイント使ってください。」と中学校の先生。練習場交換の即席交流となりました。

NUMATAの面々も急いでグランドに移動し、反響のないグランドでフルサイズのコンテを歩くことが出来ました。やがて中学生がグランドに戻ってきたので、NUMATAの演奏の披露もさせていただきました。

「呉越同舟」「敵に塩」の故事とはいささか違いますが、言うなれば「同病相憐れむ」に近い感覚です(笑)。音楽を志す団体ならではの温かい交流でした。ふと5年前大阪城での精華女子の藤重先生たちとの出会いを思い出しました。(この岡山の中学校も今回のコンテスト本番で金賞を受賞されたそうです。本当におめでとうございます。)


全ての練習が終わり、休憩後片付けに入ろうかというとき、部員たちはフロアの一カ所に集まってなにやら始めています。私は外で一服することに…。どうやら本番を前に気合いを入れるつもりでリーダーたちが最後の決意を述べることにしたようです。しかし気持ちが高ぶってなかなか上手くしゃべれません。リーダーたちが次々に立って話すのですが、ここまで頑張った仲間へのお礼だったり、反省だったり、自分がNUMATAをどんなに好きかといったことに自らが感激して、涙が止まらず上手く話せません。メンバーの多くも感激して本気で泣いています(笑)。


大会を前に集団で号泣大会(笑)。みんなNUMATAが大好きで仲良しです。最後は円陣を作って気合いの入った沼田コール。なんかもうコンテストが終わったような疲労感(笑)。
コレはまずい「タナ落ち」になるかもだな。熟れすぎたスイカのことをそう呼びますが、人間も気持ちが高ぶりすぎると緊張の糸が切れた不安定な状態になります。生徒たちの純真さに胸を打たれながらも、なぜかその胸を不安がよぎります(笑)。


さあいよいよ本番が近づいてきた。少し早めに会場に到着し、トラックから楽器を出して楽器置き場に置き、メンバー全員は維新公園へ。適当な広さの芝生を見つけそこでステップ練習や体操をしました。本番前のこのような移動練習はリラックスという面でとても大切で、ある意味本番の出来を左右すると思います。今回はメンバーがかなりテンパっていたので、リラックスさせようとの狙いでしたがみんな顔がこわばっていて人形のようです(笑)。(こいつらも必死なんだな…)苦笑いを浮かべてその場を立ち去る私(笑)。


秋日和の中、いつもはのんびりした家族連れで賑わう維新公園。今日ばかりは不安と緊張の極致の中でメンバーたちのかけ声が鋭く飛び交う“戦場”のようでした。ちょっと雰囲気が堅いな、かなり調子はいいのにポカがなきゃいいが…。こんな時の予感は見事に的中します(笑)。やがて音出しとチューニングが終わって本番。


おなじみの「沼田コール」に続いて会場に現れたメンバーたち。「沼高〜ファイト!」応援団?の熱いかけ声が飛び交います。

「プログラム4番。広島市立沼田高等学校。曲目は“セレモニアルマーチ”、“バードランド”」と紹介があり、


どアタマのファンファーレ!  ん?ピッチ、ズレてる? 
   
直後のマーチ。 ん〜?リズムもズレてる? 
    
なんか外周パレードもギクシャク感が満載で(笑) 
  
3コーナーのピンフィール曲がってるでしょ? 
  
トロンボーンのパッセージ。 16分音符、吹けてないからw 
 
バードランドになってもリズムは落ち着かない感じが続く。

どちらの曲もかなり速い。いや速すぎるだろう(笑) 
 
あっという間の5分ちょっと。あっけなく終わってしまった。

どうだったかと問われれば、「今年も終わったな…」という感じ(笑)。

部員には70点以上を合格点とすれば、「69点」と私の率直な採点を伝えた。



マーチングは演奏時間の関係で進行が早い。

あれよあれよというまに、やがて閉会式。

「広島市立沼田高等学校   ゴールド金賞!」

やった!。金賞カムバックだ。ま、今の実力じゃこんなところだろうな。

県大会と同じように高校部門の金賞は3団体。4番の沼田と6番の島根県の私学と7番の広島の私学。通常中国大会では代表発表の時プログラム順を言わない。だから「4番」と呼ばれることはなく、沼田が代表なら「広島市立…」と呼ばれるはずだ。

“ひろし……”以外の単語(笑)なら沼田は「ダメ金」確定。


「それでは高校以上部門の発表に移ります。」







・「広島市立・・・」 



「ウォーッ!」「キターッ!」!! 






私の周囲は「沼田高校」というアナウンスが聞き取れません(笑)。でも間違いなく代表に選ばれたようでした。つぎつぎ握手攻めにあう。右手の腱鞘炎が痛い。が、しかたない(笑)。何十人かと「痛い握手」をしたが、誰とだったかあまり憶えていません(笑)。


すぐに全国大会の手続きや出演順の決定のために大会本部へ。コンテストの代表4団体は広島県が独占です。


中国吹連の理事長さんから「全部広島が代表なんですね」と感嘆とも皮肉ともつかないお言葉が…(笑)。


「それでは出演順ですが、成績上位の団体から出演順の希望を言ってください。」おなじみの光景だ。ところが今回はちょっと違った。理事長さんから続けて思いもしない発表が…。


「じつは、その前に・・・高校のトップが“同点”なんですが・・・」(はぃ?)





「規定により審査員投票で・・・・」










「沼田高校がトップということになりました。」

(はぁ?)(沼田?)(うそっ?)(まじ?)(やばっ!)(うわっ!)(これって中大イチヌケ?)

コンマ数秒の間に私の心の中ではこんな単語が駆け巡ったのでした(笑)。


あり得ない結果に茫然自失・・・・・・・・・にはならず、そこはしっかり後ろの出演順(17番)をいただく私(笑)。

今回の全国大会では中高とも出演順1番に中国支部が入っている。4〜5番ならまだしもトップバッターは何となく敬遠したくなりますよね。

本部から出てメンバーのところに戻る途中しみじみ感じたことは

(もっと何度もNUMATAのみんなを全国に連れて行きたかったなぁ…)

(定年退職して1年目にいきなりのドリカムか…)

(現役の時にもっと努力すればよかったのかな…)


いや!ちがう! これは俺が取った賞じゃない。



現役の努力、OBの遺産、そうNUMATAのみんなで勝ち取った賞なんだ。



さあ! 2度目の城ホ(大阪城ホール)の緑色のアリーナが待ってるぞ!



ありがとうみんな。 大好きだよ!!! 






 
ご愛読ありがとうございます。ご遠慮なくコメントをお書きください。
  • OB(2010/10/11 22:18)
    私も沼吹とサイセンが大好きです。大阪城には、見に行けそうにないですが、全国楽しんで来て下さい!
  • 通りすがりの名無し(2010/10/14 18:42)
    友人からメッセージを預かっています。「あの時は先生、『マーチングなんか』って言ってたくせに!!!」だそうですw 沼田高校吹奏楽部の創設当時のことを思うと、何だか随分と遠くの世界で起こっている出来事のような気がします。何はともあれ、全国大会出場、おめでとうございます。
  • saisen(2010/10/14 18:47)
    今でも迷いはあるよ。
    てか「吹奏楽なんか」と思うことのほうが増えた(笑)。
    でもこれしか特技がないからね。
    そのうち「音楽なんか」って思うかもしれないけどww。
    まぁ、他の年寄り連中とはひと味違うジジイでいたいな。
  • 通りすがりの名無し(2010/10/16 15:35)
    修正ありがとうございます。当時の彼女はマーチングに出たかったらしいので、今の沼田の快進撃に驚いているようです。それと、どうかご自愛ください、と。かつて私の中学の頃の顧問の先生が『音楽は音を楽しむものであり、音が苦にしてはならない』と仰ってました。音楽という大きなくくりで言えば、吹奏楽もマーチングもオーケストラも編成が違うというだけで、大差ないのかも知れませんね。
Name   Message   

過去ログ 2005年05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2006年01月 02月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 
2007年02月 05月 08月 09月 10月 
2010年06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2011年01月 02月 03月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 
2012年07月 

一覧表示   日記表示   沼田高校吹奏楽部   沼田高校吹奏楽部 BBS