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■2006年06月27日(火)  さようなら酒井先生
img1-sakai.jpg 300×328 20K5月に《MY WAY(18)“「吹奏楽」との再会〜安西中の8年間 Part1 〜”》で紹介したばかりの 全日本吹奏楽連盟理事長 酒井正幸先生 が去る6月19日、肺炎で亡くなられた。享年76歳だった。

あの日記を書くとき、何となく酒井先生のことが気になっていた。あと何年理事長を続けられるのだろうか。お体の具合はどうなのだろうかといつになく不安がよぎった。

定年退職後、周囲の要請で全日本の理事長をお受けになったとき、「斎藤さん、僕はねぇ、心臓も悪いし70歳になったら長崎に帰って庭いじりでもして気楽に暮らすんだよ」と明るく仰っておられたのに本当に残念だ。

ご退職後しばらくして、住居を東京から長崎に移され、隠居生活の準備を終えてからの理事長就任だったように記憶しているが、長崎から毎週のように東京の本部を始め全国各地へ移動されることは齢七十を超え、心臓バイパス手術を施されたお体にはかなりの負担だったに違いない。

豊島十中時代に初めてお目にかかってからもう三十年。以来常に全日本の最先端に立って日本の吹奏楽の興隆に尽力された偉業は計り知れない。病み上がりと言うこともあり、当初は短期間のつもりで受けられた理事長職だったに違いない。

しかし吹連の抱える多くの問題処理に加え、近年の吹奏楽ブームの発端となった吹奏楽コンクールのTV取材などなど、バイタリティとアイデア豊富な先生らしく,少子化が危惧される我が国に「吹奏楽」の存在意義をアピールされ、ご自分でも予想外に長期のご在職となったに違いない。

酒井先生とは全国マーチング初出場の昨年11月に大阪城ホールでお会いしたのが最後となってしまった。そのときは70代にしてはお元気なご様子だったが、以前に比べ、ややむくんだお顔とやや衰えた足取りが疲労感を漂わせていた。

吹奏楽指導者としての酒井先生にとっては悔いのない人生だったと思うが、もっと老後を楽に生きる術はなかったのかと思うと、個人的にはやや複雑な心境だ。

ここ最近、私と馴染みの深い人々との別れが続く。私自身ももうあまり若くないということなのだろうが、人生のはかなさとまたその重さを噛みしめる日々である。

酒井先生のご冥福を心よりお祈りいたします。  合掌

  
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  • bjihjndjbai(2012/11/24 05:34)
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  • bsyslxmp(2014/11/28 23:16)
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